2008.01.26 (Sat)
無量光院(現・無量光院跡)
記事は既に出来上がっていたのに何故か下書きのまま残されていたので
遅ればせながら記事アップです(((( ;゚д゚)))アワワワワ
遙時ツアー平泉編の続き、無量光院跡です(*・∀・)つ
無量光院は秀衡が宇治の平等院鳳凰堂を模して建てた寺院です☆
現在はその跡地だけが姿を残しています (;・∀・)

東西に走る伽藍の軸線が、東門、橋、中島、橋、本堂を通り、
その先に金鶏山を望むというかなり壮大な寺院・・・・・・
ということのようですが
残念ながら面影は何も残っていませんでした ・゚・(ノД`;)・゚・

画面の中央に見える山が おそらく金鶏山になると思います (o・ω・o)ノ

説明書きの看板の他には、 この「中島の跡」という標だけしかなく・・・
ちょっと淋しい感じでした (´・ω・`)ショボーン
ちなみに、看板にも想像図が掲載されてましたが、
立体的な模型はこうなるようです (*・∀・)つ

こちらは奥州市にある「えさし藤原の郷」で撮影した 無量光院の模型です (*・∀-)b
(模型と言ってもかなり大きいです♪)
まだ宇治平等院は行ったことがないので是非行ってみたいです〜 (*´ェ`*)ポッ
遅ればせながら記事アップです(((( ;゚д゚)))アワワワワ
遙時ツアー平泉編の続き、無量光院跡です(*・∀・)つ
無量光院は秀衡が宇治の平等院鳳凰堂を模して建てた寺院です☆
現在はその跡地だけが姿を残しています (;・∀・)

東西に走る伽藍の軸線が、東門、橋、中島、橋、本堂を通り、
その先に金鶏山を望むというかなり壮大な寺院・・・・・・
ということのようですが
残念ながら面影は何も残っていませんでした ・゚・(ノД`;)・゚・

画面の中央に見える山が おそらく金鶏山になると思います (o・ω・o)ノ

説明書きの看板の他には、 この「中島の跡」という標だけしかなく・・・
ちょっと淋しい感じでした (´・ω・`)ショボーン
ちなみに、看板にも想像図が掲載されてましたが、
立体的な模型はこうなるようです (*・∀・)つ

こちらは奥州市にある「えさし藤原の郷」で撮影した 無量光院の模型です (*・∀-)b
(模型と言ってもかなり大きいです♪)
まだ宇治平等院は行ったことがないので是非行ってみたいです〜 (*´ェ`*)ポッ
2007.11.19 (Mon)
高館(現・高館義経堂)
源義経が頼朝に追われ、
平泉に逃げ延びた時に秀衡から与えられた館であり
その息子泰衡の急襲を受け妻子と共に自害した場所です
また、弁慶の最期の場所でもあります ・゚・(ノД`;)・゚・

ゲーム内では
神子を始めとした八葉たちがここで生活しましたよね♪

現在は建物などの面影はありませんが、
高台から望む北上川周辺を見てると、
きっと当時と変わらない風景なんだろうなぁ・・・と
感慨に浸ってしまいます (`・ω・´)

2枚の写真をつなぎ合わせましたが
上手く繋げられなくて境目が・・・ (・ω・;A)フキフキ
偉大な功績を遺しながらも
最期には信じていただろう者たちに追われ
自ら生涯を閉じなければならなかったなんて、
考えただけでも泣けてきます (⊃Д`。)
・・・っていうか、これ打ちながら泣いてます〜;;;;
ところで、
この高舘義経堂には3日間の旅行の間
毎日訪れることになりました (;・∀・)
なぜかといいますと、御朱印をいただくことで
ちょっとしたハプニングがあったからなのです (ノω`*)
日程に組み込んでいた見学は1日目
「お参りをしてから御朱印をいただきに来ます」と
発券所にいた方に伝えたのですが、
施設が閉まる時間よりも20分も早く発券所を閉められたため
御朱印をいただけず・・・ (´・ω・`)ショボーン
翌日、柳之御所跡へ向かう道の途中に堂があるので
立ち寄って御朱印をいただこうと思いました☆
前日に「御朱印は既に書いたものを渡すだけです」と
言われていたのですが、
実際に御朱印帳に直接書いてくれることが判明 (゚Д゚;)!!
でも、この日の旅程はお寺に行かないことから
御朱印帳を持っていなかったので
翌日出直すことに・・・ i||i||||i_| ̄|○i|||i|||i
旅行最終日、三度目の正直で訪問
ようやく持参した御朱印帳に
直接書いていただくことが出来ました ・゜・(ノ∀`*)・゜

ちなみに、敷地内には
芭蕉の句碑も建てられています (o・ω・o)ノ
平泉に逃げ延びた時に秀衡から与えられた館であり
その息子泰衡の急襲を受け妻子と共に自害した場所です
また、弁慶の最期の場所でもあります ・゚・(ノД`;)・゚・

ゲーム内では
神子を始めとした八葉たちがここで生活しましたよね♪

現在は建物などの面影はありませんが、
高台から望む北上川周辺を見てると、
きっと当時と変わらない風景なんだろうなぁ・・・と
感慨に浸ってしまいます (`・ω・´)

2枚の写真をつなぎ合わせましたが
上手く繋げられなくて境目が・・・ (・ω・;A)フキフキ
偉大な功績を遺しながらも
最期には信じていただろう者たちに追われ
自ら生涯を閉じなければならなかったなんて、
考えただけでも泣けてきます (⊃Д`。)
・・・っていうか、これ打ちながら泣いてます〜;;;;
ところで、
この高舘義経堂には3日間の旅行の間
毎日訪れることになりました (;・∀・)
なぜかといいますと、御朱印をいただくことで
ちょっとしたハプニングがあったからなのです (ノω`*)
日程に組み込んでいた見学は1日目
「お参りをしてから御朱印をいただきに来ます」と
発券所にいた方に伝えたのですが、
施設が閉まる時間よりも20分も早く発券所を閉められたため
御朱印をいただけず・・・ (´・ω・`)ショボーン
翌日、柳之御所跡へ向かう道の途中に堂があるので
立ち寄って御朱印をいただこうと思いました☆
前日に「御朱印は既に書いたものを渡すだけです」と
言われていたのですが、
実際に御朱印帳に直接書いてくれることが判明 (゚Д゚;)!!
でも、この日の旅程はお寺に行かないことから
御朱印帳を持っていなかったので
翌日出直すことに・・・ i||i||||i_| ̄|○i|||i|||i
旅行最終日、三度目の正直で訪問
ようやく持参した御朱印帳に
直接書いていただくことが出来ました ・゜・(ノ∀`*)・゜

ちなみに、敷地内には
芭蕉の句碑も建てられています (o・ω・o)ノ
2007.11.16 (Fri)
中尊寺
遙時ファンならずとも有名な
黄金に輝く金色堂がここにはあります (*・∀-)b
残念ながら金色堂が納められている覆堂内部は
撮影禁止のため写真はありません・・・ (´・ω・`)ショボーン

ここから中尊寺、そして金色堂へ続く道は
想像していた以上の急坂でした〜 (((( ;゚д゚)))アワワワワ
(800mも歩くんですよ〜)

お参りした後は、御朱印をいただきました d(・∀<)

中には黄金に輝くお堂がありました .。.:*・゜
その須弥壇(仏像の下の台)には、
藤原清衡公・基衡公・秀衡公のご遺体と
泰衡公の首級が納められてます (`・ω・´)
ちなみに現在の覆堂は後世に建てられたものです♪
近くには旧覆堂も移築されていました |・ω・`)コッショリ
覆堂が建てられるまで、
この黄金が雨ざらしにされていたかと思うと・・・(||゚Д゚)ヒィィィ!

ゲーム内と同様、紅葉が見頃でした +.+゚d(´∀`*)グッ!!
敷地内には多くのお堂が建てられています (;゚Д゚,)
平泉の街を見下ろせる見晴台もありました☆ミ
遠くの山には大文字が刻まれていて
まさに「東北の京(京都)」だな〜って思いました(ノω`*)

平泉は、九郎さん(源義経)よりも
弁慶さんに関連したものが多かったです ゚+.(ノ。・ω・)ノ*.オオォォ
黄金に輝く金色堂がここにはあります (*・∀-)b
残念ながら金色堂が納められている覆堂内部は
撮影禁止のため写真はありません・・・ (´・ω・`)ショボーン

ここから中尊寺、そして金色堂へ続く道は
想像していた以上の急坂でした〜 (((( ;゚д゚)))アワワワワ
(800mも歩くんですよ〜)

お参りした後は、御朱印をいただきました d(・∀<)

中には黄金に輝くお堂がありました .。.:*・゜
その須弥壇(仏像の下の台)には、
藤原清衡公・基衡公・秀衡公のご遺体と
泰衡公の首級が納められてます (`・ω・´)
ちなみに現在の覆堂は後世に建てられたものです♪
近くには旧覆堂も移築されていました |・ω・`)コッショリ
覆堂が建てられるまで、
この黄金が雨ざらしにされていたかと思うと・・・(||゚Д゚)ヒィィィ!

ゲーム内と同様、紅葉が見頃でした +.+゚d(´∀`*)グッ!!
敷地内には多くのお堂が建てられています (;゚Д゚,)
平泉の街を見下ろせる見晴台もありました☆ミ
遠くの山には大文字が刻まれていて
まさに「東北の京(京都)」だな〜って思いました(ノω`*)

平泉は、九郎さん(源義経)よりも
弁慶さんに関連したものが多かったです ゚+.(ノ。・ω・)ノ*.オオォォ
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